半端者のつぶやき

リニューアルして再出発します。

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引越 過去日記 大阪マラソン2012

第一回大阪マラソンは、地下足袋32km・一本歯下駄10kmでしたが、第二回大阪マラソンは、42.195kmを一本歯下駄のみで完走しました。

13~14kmの大阪市庁前
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ゴール前
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今回は、一本歯下駄でフルを完走する。

これが唯一無二の目標。
だから、もし下駄がつぶれたら裸足で走ろうと思い、替えは一切持たない事にした。

理由は空手着。
空手は徒手空拳。
だから裸足。

と、言うわけの判らない理由で。

最初から一本歯下駄なので、最初から沿道の応援や声援は、凄かった。
どの区間も、最初は下駄に驚き、その次に一本歯に驚く。
最初の10kmぐらいまでは

「それで最後まで行くの?」
「こけるなよ」
「足痛めるよ」

などの掛け声が多かった。

20kmを過ぎると

「ここまでそれで来たの?」
「よくここまで来たね」
「足痛いだろう?裸足になりな」

30kmを過ぎると

「あと10km少しだ」
「ここまで来たがんばれ」

35kmを過ぎると

「ここまで来た、あとはウィニングランだ」
「よくがんばった、あとは歩いてもゴールできる」

「下駄!」{柔道一直線!」「大山倍達!」「日本男児!」「柔道?空手?」「一本足!?」「一本歯!」「あれでゴールは無理だ」「無理だから裸足でいけ」

こんな掛け声で、一番多い掛け声は「下駄!」
一番嬉しい掛け声は「日本男児!」

玉出付近で声援を受けて、タッチしたお父さんには、「加納治五郎が・・・」とか言われて、話が長くなってきてお父さん「ごめん、走らせて・・・」とお願いして、手を離してもらったり。
でも、とても嬉しかったよ。

30kmあたりからがとにかく辛かったし、苦しかった。
胸と手の一部と首からを上を除いて、筋肉痛が激しく、1km毎に屈伸と伸脚と背伸びを繰り返して、何とか筋肉に収縮を促した。
筋肉痛は、20kmをすぎてから激しくなり始めていた。
脚が動かなくなり、何とか手を振って、脚を前に出した。
手を沢山振ったために、肩が筋肉痛にもなった。

一本歯下駄では、路面の小さなうねりも、凸凹も、小さな石ころひとつでバランスを崩す。
地面の傾きも注意し、滑りやすい路面、粗い路面での転倒に気をつけた。
バランスを常に保つ必要があるために、全身の筋肉を、特に体幹部分の筋肉を常時使っており、一番最初に疲弊する。

20km付近から腹筋が。
次に大腰筋。
お尻から下の下半身全般
脊柱起立筋から後背筋に肩や腕。
およそ、身体のほぼ全身に近い、インナー&アウターマッスルが疲弊し、筋肉痛を起こし、筋収縮を起こせない状況に陥っていた。
何しろ、履いているだけでも結構大変なのだが、この日9時間くらい履いて、その内8時間近くを走り歩いているんだから、当然といえば当然。

足裏のマメ、水泡が大きくなっているのが良くわかった。
自分の身体以外にクッションがないため、とにかく足裏が痛かった。

でも、沿道の声援、給水所や交通整理のボランティアの方々の応援、そう、応援は42.195km続いているので、苦しい顔なんて出来ない。
声が出ないときは、振り向いて手を上げて、そして笑顔で応える。
とにかく完走するんだ!
熱く、温かい応援や声援に応えたかった。
完走しなきゃ、こんなに声援を貰い応援してもらっている事に申し訳が立たない・・・
そして、もうひとつは、伝説を作ってやる!
この2つの思いで、最後は気力だけで身体を動かした。
30km以降の関門は、そのほとんどが関門閉鎖15分を切っていた。

同じランナーからも励ましを貰った。
すべての場所、場面が、すべて自分を後押ししていた。

ゴール手前の直線からカーブの部分。
なんか自分が優勝しているかのような声援「下駄!」をもらい、ヒーローかアイドルと錯覚してしまう、そんな熱い声援を貰った。

42.195km、いやゴール後もいろいろ嬉しい事があった。
名前はわからないけど、声かけしてもらった全ての人がとても大切な仲間だった。
世界でただ一人の、一本歯下駄で完走と言う快挙?は、ありとあらゆる、各方面から声援と応援を受けて、メールやメッセージでも応援も含めて、皆さんが背中を後押ししてくれた結果だと思う。

本当に本当にありがとう。
全ての人に届かないけど、皆さんに有難う。
とても苦しく、とても楽しく、とても嬉しい、過去最高のフルマラソンでした。

ゴール後に、NMB48のメンバーが居て、みんな一様に、一本歯下駄の驚いていたのは面白かった。


一本歯下駄の運動効果については、別にまた書きたいと思います。
大方の一般ランナーは、タイムを縮める事に大きな目標を置いていると思います。
ならば、走るだけ、下半身だけを鍛えてもタイム縮まらない。
上半身も鍛えて、特に上半身も下半身も、インナーマッスルを鍛えないとタイムは縮まらない。
そして、それを鍛えるに効果的な履物が、一本歯下駄です。
その事はまた後ほど・・・


大阪マラソンでもらった掛け声まとめ。

「下駄」(最多)
「柔道一直線」(二番目)
「桜木健一」(年配夫婦の奥さんが旦那さんに、そんな言うてもわからんやろって怒られてた)
「転けなや~」(前半に多かった)
「罰ゲームか?」
「修行か?」
「絶対無理!」
「一本足」(それでは走れません。言いたい事はわかります)
「一本歯」(正解)
「大山倍達」
「最後まで行くんか?」
「ようここまで来たな・・・」
「足痛いやろやろ?脱ぎ・・・」
「日本男児!」(一番嬉しかった)
「男の中の男!」(これも嬉しかった)
「嘘や!」
「なんでそんな事してるん?」
「それは走りずらいわ・・・」
「気つけや・・」
「ナイスファイトや!」
「下駄や・・えっ?一本や!」

まだまだあるのですが、多かった掛け声をまとめてみました。
絶対無理!t言われて闘争心に火が点いたし、全ての掛け声は自分の一本歯下駄を見て発してくれたので、全ての言葉が私のエネルギーになりました。

素敵な時間を過ごせました。
全ての事に、全ての人に感謝です。
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  1. 2013/10/31(木) 00:18:45|
  2. レース
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引越 過去日記 大阪マラソン2011

神戸マラソン2013から東京マラソン2014にかけて、一本歯下駄マラソンのレジェンドの始まりは、大阪マラソンなので、過去、mixi日記に綴った大阪マラソンの記録(2011と2012)を、このブログに移植して、神戸マラソンから東京マラソンにつなげたいと思っています。
当時のままの文章で引越します。

通天閣付近の折り返し前、約20kmあたりかな?
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ゴール前
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写真もなく、文章だけの見にくい、つまらない日記になると思いますが、昨日の「第一回大阪マラソン」のランニング部分だけを追想したいと思います。

スタートブロックF
自分は左側に陣取っていた。応援隊が右側にいるとわかったので、流れに乗りながら少しずつ右側によって行く。

あの派手なレインボーの被り物・・・
一発でそこにいるのがわかる。
最初の応援隊とのコンタクトを、スタート直後にとり、大阪マラソンが始まった。

森ノ宮を過ぎたあたりで、最初のトイレタイム。
まだ並びも少なかったので、数分でコースに戻る。
千日前通りに出て難波に向かう。

日本橋付近の5kmで、最初の給水。
そろそろ難波なんで、難波~淀屋橋の御堂筋で最初の一本歯下駄と思っていたが、とにかく人が多すぎる。
そして、御堂筋の半分を走れると思っていたが、そうじゃなかった・・・
危ないので、ここはパスをした。

淀屋橋を右に回り片町を目指す。
走っていたら、ウルフルズのケイスケが走っていた。
片町で折り返し、天満橋付近で、つるおうさん夫妻が応援してくれたいた。
飴とキャンディーをもらい、最初の固形物の補給。

北浜から中之島側へ出て、中央公会堂のところを走っている時、チャレンジランのゴールと重なっていた。
たまたま左側の、チャレンジランのゴール走者側を走っていたときに、Cherryさんとたまたま会う事が出来た。
Cherryさんのカメラに金太郎が収まり、エールをもらい、走りだす。

淀屋橋を左に、2度目の御堂筋。
どこで一本歯下駄に履き替えるか?
淀屋橋を過ぎて、そろそろ15kmの定点カメラがせまるころ、誘導員も居ない、テープも貼られていない箇所があったので、そこで履き換えた。
コースに戻ると、ランナーは一様に驚く。
15kmの定点カメラは、一本歯下駄で通過する。
らんでぶぅの派手な応援隊に声援をもらい、たつみ部長とおっきぃさんと遭遇し、みっこさんやtamaさんとも遭遇し、うすしおさんとも遭遇し、仮装したふうちゃんともここで遭遇し、大阪マラソンコミュの書き込みを見ていた人が声をかけてくれたり・・・

この御堂筋で7~8人のランナーに写真を撮られたと思う。
難波の交差点を右に曲がり、ここで予定通り地下足袋に履き替え。
その時に、坊ちゃんスタイルで、下駄と袴で走るランナーと遭遇する。

特に何もなく京セラドームを通りこし、折り返し地点へ。
そろそろ21km地点なので、MOMOさんを探しながら走っていたのだけど、沿道のMOMOさんを探しきれず・・・
難波に戻り、通天閣を目指す途中で2度目のトイレタイム。
ここで、一本歯下駄に履き替えようか悩んだけど、ここで遅れて完走できなかったら?・・・不安がよぎり、そのかわりに、南港大橋からゴールまでは一気に一本歯下駄で行こうと決めて、地下足袋でタイムの貯金を作る事にした。

通天閣を目指す途中で、ボランティアをしていた、ぽぽたんさんと会う事が出来てエールをもらう。
通天閣での折り返し、前から後ろまで金太郎を追うカメラがあったけど、どこのカメラだろう??か。

通天閣を過ぎて、ここから単調・直線、いちばん観客もまばらになる、つまらないコースになると、事前に思っていた25km以降。
しかし、ここが大阪マラソンの一番良いコースになるとは・・・

ここからはずっと右側の沿道を走る。
おじいちゃん、おばあちゃん、おっちゃん、おばちゃん、お姉ちゃん、少年少女、そうそこにいる沿道の全ての人。
みんなが、「金太郎」「金ちゃん」といって手をだしてくれる。
その全ての手をタッチする為に、ずっと右側を走る。
この頃、すでに慢性化している左足の有痛外脛骨は、止まると痛みを増す状態だったけど、その痛みを忘れさせてくれて、ずっと走っていたい気持ちにさせてくれる、沿道の応援だった。
差し出してくれる応援のタッチ、ずっとずっとしていたかった。
とっても楽しく、本当に気持ち良い走りをしていた。

玉出を曲がり、住之江を目指す。
住之江を入るとまた直線。
私設エイドで、チョコレートをだしてくれたりしたけど、入れる場所がなく、ここでも差し出される手に全てタッチする為に、右側を走る。

平林で会社の同僚が待っていてくれた。
そろそろ南港大橋。
もう十分な貯金が出来ていたので、一本歯下駄でゆっくり歩いてもゴール出来る。
蒼ちゃん&くまこ☆さんのメイドさんにチョコレートをもらう。
南港大橋に差し掛かる直前で、一本歯下駄に履き替え。
らんでぶぅ応援隊は、あの派手な頭でお迎してくれている。
うんひめさんも写真を撮ってくれて、エールをくれた。

一本歯下駄に履き替えて、コースに戻り、声援に応えたく右側にコースを取り、下駄で上る。
前に、見覚えのある顔・・・とびっちだった。
朝はいなかったけど、打ち上げに来るから、打ち上げだけだったのかな?と思っていたところの、とびっちの応援。
金太郎もとびっちの案に、自分が肉付けした衣装。
下駄についても、とびっちが主催者に聞かなければ、実現しなかった事。

その、とびっちの前で、金太郎と一本歯下駄を見せる事が出来て、うれしかった。

南港大橋の下りで、橋をつないでいる鉄板のところに緑のゴムを引いているところで、下駄の歯を引っかけ、2回転ぶwww
膝小僧を摺りむき、手のひらには内出血。
ちょっと恥ずかしい、あんなもの履くからよ・・・って思われるのが腹が立つ慎重に橋を下りきる。

残り2kmあたりに差し掛かると、沿道の人の数も多くなる。
らんでぶぅ応援隊も追走してくれて声援を送ってくれる。
沿道の人数も多くなり、金太郎と下駄に大きな声援を送ってくれる。
そのなかには、あのエリック・ワイナイナもいて、笑いながら驚いてくれて、エールを送ってくれた。

最後の直線に入ると、左右の沿道から金太郎と下駄への声援が大きくなり、
ゴール手前のカーブを曲がると、ウイニングランをしている気分で、本当に気持ちが良かった。
声援を一人占めしている気分になってしまった。

大会役員の背広組も驚いた顔をしていた。
沢山のランナーに写真を撮られた。
沿道の声援だけでなく、ランナーからも応援をもらった。

ゴールするのが惜しくて、でも早くゴールして下駄も地下足袋も脱ぎたかった・・・
そんな裏腹な気持ちを抱えながら、ゴールの門をくぐる・・・

あとで確認した参考タイムは、5時間45分04秒 でのゴールタイム。

一抹の寂しさを覚えながら、この衣装と地下足袋と下駄で完走できた安堵感。

         金太郎・地下足袋・一本歯下駄


これで大阪マラソンを完走するのが、自分の大きなテーマだったし、それが出来た、有言実行できた。
水都ウルトラも、丹後ウルトラも中途半端に終わり、自分に対しての悔しさ、自分の自分への不甲斐なさに、大阪マラソンでも自分のテーマが達成できなければ・・・そんな思いもあったので、本当にほっとした。

でも、それより、この沿道の声援の心地良さは忘れられない、一生の宝物になりそうです。
なんでしょう、感動の感じ方はいろいろありますが、感謝満足でお腹いっぱい、心いっぱいになる、常に笑顔しか出てこないような、そんな感じです。

金太郎&一本歯下駄は、とっておきの切り札にとっておき、今日から(今日は走りませんが・・・)普通に靴を履いて走りたいと思います。

応援してくださった、らんでぶぅのみなさん。
結局あなた達が一番目立っていたようです
本当にありがとう。

同じ大会に選手として参加したみなさん。
お疲れさまでした。
それぞれの目標や思いがあったと思いますが、良い大会ではなかったでしょうか

沿道でお会いして声援をくれた人はもっと沢山いましたが、とにかく沿道で声援を送ってくれた皆さん。
沿道にはこれなかったけど、mixiや練習会で頑張ってと声援送ってくれたみなさん。

すべての人達に感謝です。本当にありがとうございます。
沢山の感謝で、もし来年当選しなければ、ボランティアか応援隊で参加したいと思う、第一回大阪マラソンでした。
  1. 2013/10/31(木) 00:11:52|
  2. レース
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2013 OSJ氷ノ山系トレイルランレース

結果は、第三関門にのこり約2kmぐらいを残して足切り・・・
制限時間に間に合わずリタイヤ。

自分の中では、この結果予測は0%だった。
しかしながら、ここ最近の自分の走りでは、常に不安を抱えていた。


走れない・・・


昨年と比較しても、全然走れない。
氷ノ山の前に走った、丹後ウルトラはロードだが、走れなかった。
ランナー達の手作りイベント、OSORA PARTYも走れなかった。
下りは、重力を利用してなんとか脚が動くのだが、登り、それも緩やかな登りが走れない。致命的・・・
丹後ウルトラの、碇高原への登りも、昨年はワラーチで一切歩かずに登れたのが、今年はほぼ歩き通してしまった。

脚の疲労が激しい。
息があがる。

レベルが上がるどころか、衰えているような、レベルが下がっているような・・・
疲労がたまっているのか、衰える速度に対して、練習量・質が少ないのか・・・
今のところ、それがわからない。

7月の、おんたけウルトラ100kmを完走したあとの健康診断では、昨年から6kg減量もできている。
練習量が極端に劣っている、減っている事もない。
慢性の足の痛みも、走るに問題はない。
昨年と比較しても、劣る部分はない。
しかし、全てにおりて昨年を上回れないどころか、下降している・・・

考えても仕方ないんで、来月の神戸マラソンには、1本歯の高下駄で走るので、息抜きに、疲労抜きに、1本歯下駄を練習して、12月の防府読売マラソンに向けて、新たに取り組んでみよう。
当たり前の走り込みを、やるしかないんじゃないか?当然の事を最近思い始めている。

山レース(ロング)は、来年のおんたけ100kmにエントリーするまでないので、山を時間をかけてゆっくり歩こうとも思っている。
山やロードに限らず、24時間走ならぬ、一人24時間歩きとか、一人100マイル歩とか、歩くこともやってみようと。
  1. 2013/10/21(月) 22:26:19|
  2. レース
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みんなの夢 osoraの空

前の記事にも書いた、自分たちランナーだけで、手探りで作り開催したトレイルランニングイベント

     「Wwao! OSORA TRAIL Running party」

その動画が出来ましたので、ぜひぜひ見てみてください。
イベントの楽しさ?は、ランナーの顔を見てください。

動画 → ここをクリック!!

この素晴らしい動画も、写真も、すべて仲間のランナーが撮影しました。
全ては仲間で作り上げた、イベントです。

もしこれを見て、一度走ってみたいなあ・・・と感じたら、せひメッセージください。
来年も開催予定ですので、ぜひぜひ参加して、このコースを走ってみてください。
そして、手作りの良さを味わってみてください。

UTMFもハセツネも素晴らしい。
でも「Wwao! OSORA TRAIL Running party」も素晴らしいよ!!

        Partyにぜひ来てください!!待ってます!!!
  1. 2013/10/15(火) 21:14:49|
  2. 日記
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Wwao! OSORA TRAIL Running party

昨日10/6「Wwao! OSORA TRAIL Running party」と銘打った、素人集団が手探りで、開催にこぎつけた、完全手作りのトレイルランニング大会が実施されました。

猫も杓子もランニングブーム、ロードもトレイルも、華やかな大会が沢山あるなか、ちっぽけで地味だけど、とっても温かい大会、レースが開催された事を残しておきたくて、うまく表現できませんが、うまく纏める事ができませんが、残しておきます。

私は転勤族です。
そして広島に越してきました。
自宅(借り上げ社宅)の裏がすぐ山で、そこを「草鞋(わらじ)」で走っている時に、Facebookのグループ「広島トレラン王国 ~ぶち最高じゃけぇ~」の主催者と、たまたまその山の中で出会いました。
そして、変わった履物で走っている私を、グループに招き入れてくれました。

このグループの数名のメンバーが発起人となって、西中国山地でミドル~ロングのトレイルランニングのレースをプロデュースしよう!となり、同じくFacebookのMesengerを利用した「西中国ロングレース構想」というスレッドが立ち、私もロングレース経験が豊富ということで、その構想から入れていただく事になりました。

今年の5/31に、記念すべき「西中国ロングレース構想」がスレッドが立ち、そこでメンバーからの思い思いの意見交換が始まり、10/6のWwao! OSORA TRAIL Running party開催へとつながります。
コース、距離、参加資格、装備品、その他etc。。。様々な事が、スレッド上で語られ、それを纏めて、8/20にエントリーまでこぎつけました。

素人の手作りで行うレースです。協賛があったりスポンサーがあるわけではありません。
スタッフメンバーが一番、最新の注意を払った内容が、事故が起きない事。
そんな中で出来たルールがこんな内容です。

1、必須装備
  ・エマージェンシーキット
  ・エマージェンシーシート(ブランケット)
  ・雨具&防寒具
  ・熊鈴
  ・ホイッスル
  ・地図(主催者自作のコースマップ及び西中国山地トレッキングMAP)
  ・コンパス(電磁式でないもの)

2、山岳保険の加入(必須)

3、参加資格
  ・過去2年以内に、20km以上のトレランレースで完走している事(2010年10月以降)
  ・登山やウルトラマラソンなどで、10時間以上の連続行動経験を有している事。
  ・2~3名/組のグループエントリーの事。
  ・グループ内に、地図の読図、コンパスの使用が可能なメンバーを含む事。

4、コース
  ・NORMAL 40km
  ・HARD   47km
  ・EX     49km(ただし条件あり)

5、参加人員
  ・最大人員45名OR15チーム

このようなエントリー条件を掲げて、8/20にエントリー受付したところ、8/31には定員オーバーとなり、申し込みを締め切る事となりました。
手作りレースにしては、とてもきつい条件が出ています。
しかし、通常のレースではなく、スタッフも有志の仲間しかいないので、ランナーは最低限の安全は自分で守る事を前提にして、トレイルランニング初心者の方は排除する方向をとっています。
そして、チーム制にしたのもお互い助け合う事を前提に、一人のリタイアはチームのリタイアとしています。
道迷いにしても、地図の読図で乗り切れるように、メンバー選定もして、考えうる最大限の安全を事前に考慮していました。

そして、私もトレランレースでいくつか出場しましたが、今までのレースではおろそかになっていた、装備チェックを厳重に行った事。山岳保険加入証のチェックも行われました。
そして、参加したランナー、チーム全員が忘れ物もなく、全てを装備していた事はすこし驚きでした。
でも、はっきり言って草レースですが、最初に条件を厳しく制限したのは正解だったと思います。

「西中国ロングレース構想」で議論されていたのは、やはりランニングですから、一番はどんなコースを走るか?が一番のお題になります。
構想メンバーに入れていただきながら、一度試走にいったきりで、全てお任せ状態だったのですが、メンバーが何度もいろんなコースを試走し、コース確定後は、コース整備で草刈りをしたり、倒木除去をしたり、コースマッピング、ルート表示の看板立てやリボン付けをしたりで、私自身は地図自体を開いて確認する事のない、とても明確なコース表示でした。
走りながら、全てのコースに入って、自らの足で踏査してくれたんだ!と感慨にふけりながら感謝の気持ちで走りました。
天候関係なく、コースに入って、最後の最後までコース整備をしてくれました。

エイドは、第1~第4エイドまであって、エイドには自分が用意した補給食や補給水を、スタッフメンバーがエイドポイントに自家用車で運んでくれます。
自家用車なんで、燃料代は自費です。
補給食や補給水は、自分で用意しているので、何があるのか分かっているのですが、エイドに到着するのが楽しみでした。
必死に走っている自分、レース順位とかは関係のない大会、休憩なんかエイドでなくても良いのですが、ペアで走っているのもあってか、いつものレース以上に頑張って走る自分がいる。
そして、仲間のいるエイドに早く着いて休憩したい・・・
そんな思いで走っていました。そしてエイドにつくと、すごく安心したのは、今回の大会が初めてでした。

参加費用は2000円です。
スタッフは、様々なところに声掛けしてくれて、協賛を得てくれました。
地元メディアへの宣伝活動など、様々に働いてくれて、なんと!参加賞までありました。
・Tシャツ
・参加賞入れの入れ物
・経口補水液OS-1
・パワーバー
・クリフバー
いつも出ている、トレランレースより豪華かもしれません。

大会の集合、受付、スタート&ゴールは、三段峡ホテル交流館を使用させてもらってます。
その三段峡ホテルから、おにぎり弁当とお茶がランナーに無料で配られました。
おまけに、ゼッケンを見せれば、通常500円入浴料が400円になる事!
大会スタッフの一部は、このホテルに泊まって準備をしてくれました。もちろん自費です。
ホテルの方にも感謝いたします。

ゴールした私たちランナーには、冷えたアミノバリューが全員に配られました。
冷えた飲み物をもらえたレースは、今までありません。今まで飲んだ飲み物で一番おいしかったかもしれない。
そして、びっくり!したのは、完走証までその場発行です!!

大会スタッフのメンバーは、開催地の広島だけではなく、隣の山口県からもスタッフの応援に来て手伝ってくれていました。
そんなスタッフ全員、遠くからの交通費ももちろん自費で・・・
それで参加費2000円なんですよ・・・・

その他にも、快く協力してくれた方々が沢山います。ほんとほんと感謝です。
ハイカーのみなさんも、とても快くお声掛けしてくれて・・・

これが大きくなれば、今回のような温かい、アットホームな運営はできないかもしれない。
もちろん大きな大会にしようと思えば、組織作りも必要で、そうなれ機械的な大会になるのかもしれない。
中心となったスタッフメンバーが、大会終了後にFacebookにつぶやいた

                     「みんなの夢」

夢という言葉にとても共感を覚えました。
この「夢」を大事に育てたいなあ・・そう思って、また来年、どんな形で開催されるかはまだわかりませんが、どこにいても、その時は、ランナーか?スタッフか?どんな形でも、この「みんなの夢」の大会にたずさわりたいと思っています。

もっともっと書きたい事、残したい事、紹介したい事、ひとりひとりのスタッフがやってくれた事、まだまだ沢山あるんですが、うまく纏められない・・・もっと自分に文才があればと思うのですが、とりあえずここらで終わります。

関わってくれた全ての仲間に、感謝!!!!!
  1. 2013/10/07(月) 22:54:21|
  2. 日記
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とびっちFCの果つるなき挑戦「2013第13回丹後100kmウルトラマラソン」最終章

ウルトラマラソンは、帰宅するまでがマラソンであり、ウルトラランナーは、レース翌日も、何事もなかったように生活しなければ、ウルトラランナーとは言えない。

後泊組の、蒼ちゃんとピザ男さんと別れた、電車帰宅組の、とびっちさん、ヤスコフさん、ふうちゃん、私の4人は、北近畿丹後鉄道・網野駅のバスに乗る。
網野駅では、すでに到着しているランナーでいっぱい。
券売機に並ぶと「発売中止」。
窓口は終了し、無人駅となっている。まだ18時30頃なのに……
嫌な予感がした。

切符は車内か福知山駅で買う事にし、1両車両の為、座れないとしんどいので、駅舎に出て一番に並ぶ。
反対の豊岡行きの列車が、定刻になっても来ない。
すでに天候は暴風雨となり、上から雨が降るのではなく、横から吹き付ける。
定刻より約30分遅れで、豊岡行きの列車が来た。
そして本来は、この時点で福知山行きの定刻だが、単線の北近畿丹後鉄道だから、豊岡行きと同じくらい遅れ事は予測出来た。

暴風雨にさらされ、寒さに我慢がならなくなった時、アナウンスがあった。
台風影響で遅れるが、どれくらい遅れるか検討つかない……
駅舎改札口で濡れない場所にいるランナーが、中に入るように場所を空けてくれた。
かれこれ1時間以上は待っただろうか…ようやく列車が来た。

「なんとか帰れる!」

座席に座ると、腹が減っている事な気付く。
ゴールの屋台で、焼きそばとフランクフルトしか食べていない。
とびっちさんのおやつや、ふうちゃんのぺしゃんこになったパンを食べる。

「神戸マラソンでは、どんな仮装するか?」

なんて話ながら、列車は徐行になった。
そのうち、車掌が乗客に、どこまで行くのか一人一人聞きに来た。
福知山→大阪、福知山→奈良、福知山→京都など、車掌はメモに書いていく。
列車が天橋立駅に到着したが、台風影響でこれ以上運行出来ないと。

自分達は知らなかったが、北近畿丹後鉄道は、福知山までバスを出して、福知山で乗客を解散させる腹積もりだったらしいが、それを聞いたランナーが冗談じゃない!とごねてから、天橋立→福知山→大阪と、天橋立→福知山→京都の二つのバスを手配してくれる事になった。

天橋立駅の改札を出て、とびっちさん・ヤスコフさん・ふうちゃんは、寒いからとホットドリンクを飲み、私はアイスを食べて、そのうち椅子に寝転がりウトウトしはじめる。

「これから福知山→大阪行きの方はバスへ」

呼び出しがあり、バスに乗り込む。
この時、時刻は23時前。
福知山で大きめのバスに乗り換えた。
大阪まで帰れる安堵と、ヘロヘロのランナーは、バスが発車すると大阪まで熟睡。
そして、午前2時頃、大阪駅に到着した!

後々考えると、変に北近畿丹後鉄道が動いていたら、福知山でJRが動いてないので、福知山でとんでもない事になっていたし、あの時間に、福知山方面行きに乗り合わせたランナーは、大阪や京都で無賃で帰れて、本当にラッキー♪でした。

大阪も激しい風雨。
まずは腹ごしらえで、疲れた身体を引きづり、大阪駅から阪急東通商店街まで歩き、3時まで開店している王将に入る。
誰もビールを飲まず、ラーメンとぎょうざを食べる。
腹が満たされたら、今度は寝るとこ。
午前3時を過ぎて入れるのはサウナのみ。
行くのは、本来なら歩いて10分ほどの、サウナ大東洋に、タクシーで行く。
そして、ここで男女別々なので、ふうちゃんと「お疲れ!」と別れる。

風呂に入り、各々が仮眠をとる。
すでに、この時、午前5時頃。

8時頃に目覚めてテレビを見ると、丹後も福知山もとんでもない事になっているし、大阪も長居とかで避難勧告のお知らせメールが、サウナにいる人みんなの携帯に入り、ピーピーうるさい事!
とびっちさんも、ヤスコフさんも、在来線は止まっているが、山陽新幹線は動いているので、私は二人をサウナに残して、広島に帰る事にした。

こんな暴風雨の中、広島は晴天で穏やかだったらしい。
新幹線で新神戸を過ぎたあたりから、とても綺麗な青空が。

こうして、2013第13回丹後100kmウルトラマラソンが終わった。
私が西広島駅についた12時30分頃、とびっちさんは、ようやく電車に乗れたらしい。

おつかれさん!
  1. 2013/10/01(火) 20:46:46|
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